南果歩が好きだったこともあって、18日のNHKの特番、涙ぐみながら最後まで見てしまった。
「星の王子さま」は子供ではなくなった大学生になってから読んだ本。
「It is only with the heart that one can see rightly; what is essential is invisible to the eye.」
(心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ)
という言葉が一番残っていて、迷える20代半ばのころは、会社のPCのスクリーンセーバに、この言葉を流してた。当時、妙にこの言葉が気に入っていたので。
「太陽 1999年12月号」にサン=テグジュペリについて詳しく書かれていたので、なんとなく生涯は知っていたつもりだったけれど、それ以降に発見されて手紙やブレスレットなども発見されたということもあり、番組でも紹介されていた「」を読んでみたくなった。
カテゴリー: 書籍・雑誌
どれくらいの愛情/白石一文
新聞広告を見て、気になって書店でチェックしてなんとなく購入。白石一文さんの本は初めて手にしたけれど以前から気になっていたので、名前を覚えていたせいかもしれない。
読んでみると全作品とも「福岡」が舞台。偶然ではなくて必然だったのか。
秋に福岡に旅行した後だったので、街のイメージが浮かびやすく一気に読み終えた。
心の動きや心理的なことが、最近いろいろ考えていたことと関連していてそれもまた興味を持てた。
「神はサイコロを振らない」では10年前の私と対峙したけれど、「20年後の私へ」では20年前の私と対峙。
過去を振り返り、この先を考えろということなのか?
そういえば、思い切って転職して丸9年。この秋10年目に突入。
邪魅の雫/京極夏彦
かなり難しく途中全くよくわからなくなったが、読み終わって、これは「恋愛小説」だと思った。
を読んだ後とおなじくせつない気分に。続編がありそうな気がするんですが私だけ?
同じ心の闇を持っていても、犯罪を犯してしまう人と犯さない人の違いは何なのかずっと疑問に思っていたが、ようやく理解できた。
明日私の目の前にそれがあらわれるかもしれない。
惑わされないためにも邪魅を育てぬようにするしか防げないのだろうか?
ダ・ヴィンチ・コード/ダン・ブラウン
(文庫版、上中下刊)
これを上映時間内に納めるには、きっとはしょられるところがでてくるはずと、映画を観る前に読む。
一日で一気に読んでしまったが、思い出したのが『サファイアの書』。
こちらは中世のイベリア半島を舞台にした暗号と宗教のミステリー。同じ神の言葉が、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教でどう異なって解釈されたかというところが解りやすく書かれている。
『ダ・ヴィンチ・コード』を読んで面白いと思ったかたにおすすめです。
自分の感受性くらい/茨木のり子
は、20代半ば仕事に迷っていた時に、新聞で紹介されていた詩(詩集のタイトルにもなっている)の一節を読んで、すぐ購入した詩集。自分に負けそうになった時に叱咤激励してくれて、大人になるときちんと叱ってくれる人が周りにいなくなるけれど、本物の大人を感じさせてくれる。
ここ数年、すっかり自分に負けて立ち上がることのできていない私は、この詩集を開くことがほとんどなかったのだけれど、著者茨木のり子さんの訃報をしって、再び開いてみた。
すっかりカラカラに乾いてしまっていた自分の感受性を、知っていながらみないふりをしてきた私。
ももちろん購入。座り込んで路頭に迷っている私を発見。
神はサイコロを振らない/大石英司
ドラマの第1回をみた後にすぐ購入。
設定がわりと違っていたり、ドラマでは省いている説明など、詳細を先に書籍で読んでいるので、違っている点を含めてまた別の話(番外編)としてドラマを楽しめた。それも今日最終回。わかっていながら毎週泣かせてもらった。さて、ドラマはどのように終わらせるのか?
10年前と何が違うといえば、大切な人と会えなくなったことと、友達がこの世にいなくなったこと。
亡くなったと聞いてから3月で3年。3月になるとあの一番つらい時期を思い出す。
愛がなんだ/角田光代
新聞広告みて即買い。
ここまでじゃないと思うのは自分だけで、実はかなり私のこと?
章タイトルのなげやりさが私好み。
『私の話』
で早速、読んでみた。
小説の中にでてくるやさしさは、こんな不器用さや怒りのなかで感じた人のあたたかさから生まれたのかもしれない。
タクシーの運転手さんから『さいはての二人』の『遮断機』のおじいを連想させる。『遮断機』を読んでいておじいのように見守ってくれるのは、私にとって祖母かなとふと思い出していたら、『私の話』の中にでてきた祖母の話。
私も祖母に対して罪悪感をもっている。
自分の頑固さは祖母譲りだと勝手に思っているが、その祖母の泣き声を一度だけ聞いたことがある。トイレへつづく廊下でうずくまり泣いていた。
寝たきりになるまえの思うように体を動かせない自分自身への怒りなのか、そんな祖母を手をかすこともできず扉の向こうでじっとしている孫に対する怒りなのか。私はあの祖母が泣いていることに驚きかたまって動くことができなかった、あるいはみてはいけないと思ったからかじっとしていた。
その後どうしたのか覚えていないが、あのシーンだけはいまだに忘れることができない。その後、祖母は寝たきりになったが私はすぐ上京してしまったので、数回帰省した時に会っただけで亡くなった。
下に妹や弟がいるとどうしてもおばあちゃん子になってしまう。それなのに私は何もしてあげることができなかった。鷺沢さんが抱いた痛みとは比べられないほど小さな小さな痛みだけれど。。。
なぜか子供のころから多数派に入ることができなかったせいなのか怒りにも共感。
『さいはての二人』『ありがとう』
日曜日、美容室で読んでいた雑誌に広告がのっていてふと気になり、帰り本屋によってすぐ2冊買ってしまった。
『ありがとう』は未発表を集めたエッセイ集。『葉桜の日』は読んだことがあったのだが、特に強い印象は残っていなかった。プロフィールをみてそういえば同学年だったんだということに気づく。そう思って読んだせいなのか、それとも同じように生き方が不器用なせいなのか妙に同じ感覚がした。
『さいはての二人』は大泣き。一緒にいると不安が消える人と出会えることは幸せです。
おじいの「よくがんばったよ」の一言は私の心も少しかるくしてくれた。
著者: 鷺沢 萠
Amazonみてたら、広告みて読みたかったのは『私の話』だったようで、明日買って読もう!
鷺沢萠さんが亡くなったは、最近で今年のことだと思っていたら、昨年(2004年)の4月で、1年半もたっていたことにびっくり。この時もかなりショックだったのだけれど、同じようにショックだったのは戸川京子さん。そんなことをふと考えていたら、本田美奈子さんの訃報。。。同じような年代の人の死は何を教えたがっているのだろうか?
ガラスの仮面42巻 美内すずえ
全巻所有している私にとってこれは買わずにいられない。
発売日の16日、仕事に行く前に購入して電車の中で読み終わる。
以前、『花とゆめ』などに連載中にチェックしていたので内容はなんとなく覚えている。
たしか『紅天女』の試演が終わったが、どちらが主役かはっきりしないまま連載が途絶えたような気がする。
なので、42巻を読む限りまだまだ続いて50巻はこえるに違いない。
連載当時はカメラ付き携帯というか、携帯自体をもっている人が少ないころだったから、かなり加筆というか全て書き直したような気がする。連載当時のままのものと読み比べてみたい!
ファンの中には当時の『花とゆめ』を保存していて読み比べている人がいそうな気がするが。。。。







