セゾン文化は何を夢みた/永江 朗

有楽町西武閉店(2010.12.25)、シネセゾン渋谷閉館(2011.2.27)とさみしいニュースが続くこの頃。
メディアを通して接した10代、実際に消費者として接した20代と、セゾン文化にどっぶりとつかった私は店頭で本書をみて即座にレジへ。


自身もグループの一員としてして過ごした著者が関係者のインタビューを通して、セゾン文化はどのような人々によって作り上げられ、何だったのかを問う一冊。
いろいろな事業が立ち上がっていく様は、当時を知らない者でも感嘆してしまう。

いまは当時より、さらにサブカルチャー全盛になっている。メインカルチャーにこだわるのは古いんだろうと僕も思う。

メインカルチャーを柱とした西武百貨店の文化事業が終焉を迎えるのは、社会の変化からいっても必然的なことだったというのだ。

セゾングループの解散と前後して、インターネットが使われだしたのも必然のような気もする。
情報を得るためには書籍・雑誌やTV・ラジオぐらいだった頃、セゾン文化に接すれば面白そうなものに
出会えるかもしれないと人が集まっていたように思う。

最後の堤清二氏のインタビューがやはり最も「セゾン文化とは」に迫っている。
セゾングループとしてのセゾン文化はないかもしれないが、セゾン現代美術館とセゾン文化財団は存続している。

文化は事業になっても、芸術は事業にならない。

就職時に読んだ企業本は、サントリーとパイオニアと西武と辻井喬の小説とメセナ関連本。

八十年代、西武百貨店に応募する新卒者の八割が文化事業部を志望したという伝説がある。

時期が乗り遅れてしまったけれど私もそんな考えを持った一人。
当時すでに百貨店の文化事業は少しずつ西友へ引き継がれていた時期であったが。
希望した業種の企業の中でなんと西友の子会社が!
少しでも空気が感じられればと応募すると入社決定。
そして私は90年代前半、セゾングループの会社に勤務し末端とはいえセゾン系の一人に。
グループが崩壊する過程を内からみつつも、解散する数年前に別な業界へ転職。
著者のようにグループ全体が上昇ムードの時期ではなく、その後の真逆の下降ムードであったけれど、
「セゾン系文化」はやはり会社のまわりにあふれていて、その空気を吸えたことは今の自分にとって貴重な経験。田中一光さんのポスターが廊下にはられてる!
なくなってしまった水戸テアトルや、
水戸芸術館にあるミュージアムショップもセゾン文化。
今、私が水戸に住んでいるのもセゾン文化の残り香に引き寄せられたせいなのか。

セゾン文化に影響された人々が、文化を消費したり、文化を生んだりしている現在、
「セゾン文化」はまだ評価できないのかもしれないと私は思う。

やはり思い入れが多すぎて、まとめられず乱文散文に。

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